Home > 未分類 > ありがとう。

ありがとう。

両親とはいろんな葛藤や摩擦を経てきて、

いろんな「問い」を突きつけ、

時には真っ向から否定し、と

わたしという子どもは、

それはそれは激しい子どもだったと思う。

ただ、ひとつ、両親をとても誇りに思うことがある。

ふたりとも、物欲しげなところがまったくない。

「この人とつきあっておいたほうが得だ」

「あの人とかかわると損をする」

「もらえるものは何でももらっておけ」

などといった損得勘定を見せたことは一度もないと断言できる。

それを当たり前のこととして育ってきたが、

決してそうではないことを社会に出て度々思い知らされてきた。

甲斐性も才能もないフリーランスとして生きているわたしは、

ビンボーで、小さなお金によろめいたり、ちまちま思い煩ったりすることはある。

やっすいギャラを当然のように押し付けられると、

「なめとんのか」と思うし、断ることだってある。

それを「金に汚い」と受け取るなら、それで結構である。

でも、わたしのなかには両親から受け取ったものがある。

大事な時には「やらしいことするな」と心のセンサーが鳴る。

だから、わたしは自分を信じられる。

わたしが間違いそうになった時には

意見してくれる友だちがいる。

今、両親にはとても感謝している。

両親が生きている間に、

意識がしっかりしている間に、

そのことを伝えなくてはと思う。

思いながら言えてない。

一応、このお正月にはそういう気持ちをこめて肩を叩いてみた。

そしたら母が「あんたも疲れてるのに」と

固辞するわたしの肩を叩いてくれた。

いつまでたっても子どもやなあ。

ありがとう。

でも、こういう性格は何かと生きづらいのは確かである。

 

 

 

 

 

 

Home > 未分類 > ありがとう。

Search
Feeds
Meta

Return to page top