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ETV特集「死刑囚・永山則夫 獄中28年間の対話」

昨晩、ETVで放映された「死刑囚・永山則夫—獄中28年間の対話」は、よかった。

はじめてインタビューに応じるという、彼のパートナーだった和美さんの

身体からふりしぼるような語り。

親から捨てられ、戸籍もなかった和美さんは高校進学もかなわなかった。

どうにか戸籍を得たいと出向いた福祉事務所で、金銭的援助も得られることを知るが、

「親が白人なら10ドル、黒人なら5ドル、フィリピン人なら3ドル」と聞かされる。

和美さんの、顔も知らない父親はフィリピン人だった。

自分につけられた「値段」は月3ドルだと”宣告”された彼女は、

深い絶望とともに「もう、いい」と思った。

自分から社会を切り捨てた。

援助を断わり、書店で国際法の本を万引きして、公園のベンチで読んだ。

そして思った。

「子どもを捨てるなよ」

「親は、社会は、なぜ子どもを捨てるんだ」

永山則夫と同じように、銃の引き金を引いてもおかしくないほどの

絶望と怒りを抱えていた和美さんだが、

彼女をひきとめたのは、育ててくれた祖母の匂いとぬくもりだった。

そんな背景をもった彼女と文通を始めた永山則夫は、

少しずつ変わっていく。

親や社会にやみくもに恨みと怒りをぶつけるのではなく、

理論武装をし、資本主義社会を拒否して自ら死刑を望むのでもなく、

和美さんとともに生きること、生きて償い続けることを考えはじめる。

「社会に戻ったら、どんな子も勉強が楽しくなるような塾をしたい」と

夢を描くまでになる。

その頃の和美さんへの手紙には、

「楽しく英語を学べるように」と、アルファベットに顔や手足、あだ名のような

名前までつけてキャラクター化させたイラストが描かれている。

荒々しかった文字が、丸みを帯びたやさしい文字になっている。

しかし、最高裁は高裁の判決を差し戻し、永山則夫は死刑囚となる。

そして、1997年8月1日、死刑執行。

遺族の気持ちに思いを馳せながら、

永山のいのちを「わたしにとっては宝物」と和美さんは話す。

しかし無期懲役に減刑されたときも、決して喜べなかった。

むしろ、さらにいのちの、生きるということの、

とほうもない重みを感じたと話す。

一瞬のうちに、一方的に命を奪われた被害者と、

28年の間、考えて考えて考えたのちに命を奪われた加害者と。

これは「対比」させられるものなのか。

加害者の命は「奪われた」のではなく、「償われた」ものなのか。

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