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手話とコーヒー

土曜日の午後、写真展に出かけた。

http://noriakinotes.blogspot.com/2009/11/photo-exhibition-coffee-and-sign.html

「手話とコーヒー」というタイトルにとても惹かれたから。

手話と手話にまつわる記憶は、わたしにとってちょっとした「宿題」だったのだ。

23歳で結婚した相手は、ろうの両親のもとに生まれた人だった。

彼の両親に対する思いはとても深く、

同時に複雑だった(と、当時のわたしは感じた)。

子ども時代、学校からもらってくるさまざまな文書や、

教師の話をじゅうぶんに理解できない親を恥ずかしく思ったこともあるし、

伝えたいことがうまく伝わらないことが子ども心に寂しかったと

何度か話してくれた。

教師にまで差別的な対応をされたくやしさをバネにして

おじいさんが立ち上げておとうさんがつぶしかけた工場を

みごとに立て直し、やはりろう者だったおじさんたちに仕事をつくった。

(別れたけれど、わたしはそういう彼を好きになったし、

今でもそこは尊敬している)

出会ったとき、すでにおとうさんは亡くなっていた。

仕事はあまりしなかったけれど、愛嬌のある人だったときいていた。

おかあさんは、上品でやさしいひとだった。

けれど、あまりにも未熟だったわたしは(そう、今以上に)

おかあさんとうまくいかなかった。

おかあさんや工場で働くおじさんたちや近所に住むおばさんたちが

手話と口話でにぎやかに話す輪のなかに

自分から入っていこうとしなかった。

しまいには、「手話なんてきらい」とすら思ったのだ。

今思えば、自分と夫以外の全員が手話という、

すばらしくユニークな世界にいたのに。

1年後にその家を出て、わたしは手話の世界から離れた。

皮肉なことに、仕事で「人権」問題とかかわるようになり、

心のなかにずっと沈んでいたあの頃のことが

苦さとともに浮かび上がってくるようになった。

「手話とコーヒー」という写真展の案内を見つけて、

「これは行かないと」と思った。

「人権」や「障害」という視点ではなく、

「ろうの文化」という視点でもなく、

ただ、ごく短い間、いっしょに暮らしたひとたちとのことを思いたかった。

ちいさいけれど明るい会場には、

コーヒーを前に手話で語る人たちのポートレイトが並んでいた。

みているうちに、いろいろなことを思い出した。

毎日、午後3時になるとおかあさんがコーヒーをいれて、

わたしが工場に運んだこと。

おじさんたちはみな揃ってひょうきんで、おどけた仕草と表情で

わたしをずいぶん和ませてくれたこと。

離婚後、商店街でおじさんの一人とバッタリ出会ったとき

おじさんが力こぶをつくる仕草で「元気か?」と尋ねてくれたこと。

今さら、ほんとに今さら、「ごめんなさい」と「ありがとう」が

ごちゃごちゃになりながらあふれてきた。

楽しいこともあったんだと、はっきり思い出した。

「宿題」が宿題であることには変わりないけど、

何か特別な経験をしたつもりのような自己陶酔はもうやめよう。

たいそうなカバーがとれた記憶は、すっきりと軽くなり、

だからこそこれからも持ち続けられると思う。

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