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2012-04

部落差別は「特別な差別」なのか? 17

新年度が始まった。

亀岡市教育委員会からはなんの音沙汰もない。

3月、弁護士に相談した。

(これまでは法律の専門家に個人的に相談させてもらっていた)

詳細は書かないが、一連の経過を記録したものや先方が出してきた文書を読みながら、

「何がしたいんでしょうねえ」と首をかしげていた。

ほんとに、何がしたいんでしょうねえ。

このことを書き始めてから、

さまざまな反応があった。

多くはわたしを心配してくれる声だった。

「大丈夫ですか?」と何回言われたことか。

あまり言われるので、わたしも不安になった(今さら)。

しかし、どこからも何も言われていない。

少なくとも直接には。

相変わらず、「問題がある」と触れ回っているひとはいるようだが、

真に受けて動くひとはいない。

それが「答え」なのだと思う。

講演を文字起こししたものを読んだ、

部落解放運動の関係者の一人は「まったく問題ない」と言い切ってくれた。

わたしの極めてプライベートな経験もさらけ出した講演だったので、

本当はあまり不特定多数の人に読んだり聞かれたりはしたくない。

(ちなみにあちこち持ち歩いているのは女性の関係者である)

失敗だらけ、転んでばかりの人生だった(まだ終わってないけど)。

壇上では必死だったが

今「読んだよ」「聞いたよ」と言われたら

ぎゃーと叫びたくなる。

それでもいったん書いたもの、話したものの結果は引き受けなければならない。

だから、女性にも会った・・と書き始めると同じ話の繰り返しになるのでやめておく。

ここに書き始めたのは、

すべてオープンにすることが自分を守る唯一の術だと考えたからだ。

誰にも見えないところで、ひとりで向き合っていたら

先方の理屈やペースでどんどん進められてしまう。

抗議しても質問しても、それは無視して

自分たちの要求だけを通そうとする。

人権にかかわっている人たちとは思えないほど、

理不尽で暴力的だった。

結果的にすべてをあきらかにしたのはよかったと思う。

まず、亀岡市教育委員会からのコンタクトがなくなった。

それだけでどれほどわたしの精神的負担が軽くなったか。

そして、さまざまな情報が集まってきた。

さらに、「どう考えても向こうが間違ってる。会うことがあるなら

一緒に行くよ」と言ってくれた人が何人もいた。

私が疑問に思ったこと、怒りを感じたことは間違っていないと思えた。

そして弁護士も「社納さんの質問状にすべてが書かれている。

先方はこれに答えることはできないでしょう」と言ってくれた。

いつでもオープンにするためには、

少なくとも自分は卑怯な真似はしないことだ。

筋を通せばなんでも通るとは思わないが、

ごまかしやズルをすればするほど、話のつじつまが合わなくなり、

結局は自分の首を絞めることになる。

わたしにとってはそれが一番カッコ悪い。

自分でも本当に頑固でバカだと思うけど、

これでいいのだ©バカボンのパパ

そして、10年ほど前に派手にやりあって、

「きーっ、あんなやつ大嫌い!」と思ったひとが

わたしの下手な話の本質を受け止めてくれたことはとてもうれしかった。

派手にやりあってから、いろんなことがあった。

いっしょに勉強したし、教えられたし、

取材もさせてもらったし、議論もした。

数年前にはこれまた危機的状況があったけれど、

それ以来、じっくり話したこともないけど、

わたしがどんな思いで人権のこと、差別のことを考えてきたかが

今回「わかる」と言ってくれた。

それが本当にうれしかった。

でも、これからも「おかしい」と思ったら、

相手が誰でも言っていく。

ほんとに頑固でバカだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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