Home > Archives > 2012-03

2012-03

部落差別は「特別な差別」なのか? 16

 

昨日(3月13日)、亀岡市議会の3月定例会にて、

今回の問題について井上耕作さんという議員さんが質問をされた。

わたしはそのことを井上さんのブログで知り、

インターネット中継で視聴した。

以下はその部分を文字起こししたものである。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

井上  昨年7月12日の人権教育講座における、その後の教育委員会の対応についてですが、

実はですね、人権講座、社納葉子さんの人権講座が7月12日にございました。

時間もございませんので簡単な概略だけ申しますと、えー、7月28日に教育長名で

礼状が届きました。フリーライターという立場から、実際に取材し、かかわった被差別部落の

人たちや、差別的事象についてその時々の自分自身をめぐる状況やそのまでの体験を踏まえて

大変わかりやすくお話しいただきましたと。そういった、あの、回答をいただいております。

それが、あー、12月19日の速達でまた文書が届いた時には・・。

これはまた、いろいろ問題があると指摘があって、結局、あー、この社納さんは

平成24年2月4日から24年3月8日にいたるまで、第15回にわたる、

その状況をブログで綴っておられるわけでございます。

えー、その対応につきまして、何か、見解がございましたらお願いしたいと思います。

 

教育長 ご質問の講座は第2回目の人権教育講座でございまして、フリーライターにご講演

いただいたものだというふうに思っております。えー、講演後、受講者から質疑や意見などが

出まして、主催者として講演内容について講師の本意を確認させていただく必要があると

考えております。また、主催者の教育委員会といたしましては、今後こういったことが

ないように、講演内容についての十分な打ち合わせや会場からの質疑、意見等について、

臨機応変に適切に対応できるよう、職員の人権意識、資質向上に努めていきたいと

考えております。広く市民に人権を学ぶ機会を提供する行政として、市内のさまざまな

機関と連携を深めて、人権教育活動を進めてまいりたいと考えております。

 

議長  井上議員に申し上げます。申し合わせ時間が迫っております。以後、簡潔に願います。

 

井上  まああのくわしく内容を述べられないのが残念なんですけど、自分たちから講演を依頼して

おきながらですね、なぜ引き受けたのかという対応があったということを聞いております

けれども、今後そういったことのないよう、しっかりと人選をしていただきたいかなと

思います。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

この井上さんという人からは、2月23日にこのブログを通じて連絡をいただいた。

かねがね亀岡市教育委員会の姿勢には疑問を抱くことが少なくなく、

今回の件も亀岡市民として申し訳なく思っている。

一度ぜひ会って、情報交換をしたいという申し出であった。

わたしはこう返信した。

・・・・・・・・・・・・・・・・

井上耕作 様

おはようございます。

私のブログをお読みいただいたとのこと、
また関心をもっていただき、ありがとうございます。

私も井上さんのことは存じ上げておりました。
今回の件では、

私なりにどうしたものかといろいろ模索したのですが、
そのなかで井上さんのブログに行き当たり、
「熱い人やなあ」と親しみを感じておりました(笑)。群れないというスタンスにも共感しますし、
お祖父様、お父様の生き方にも感銘を受けました。お申し出、大変ありがたく思っております。
とりあえず一度お目にかかり、情報交換をさせていただけたらと考えております。私がただひとつ懸念するのは、
この件が私の手を離れて、差別に傷ついている人に対する、
本当に必要な支援や取り組みに影響することです。
それは決して私の求めるものではなく、
むしろ今後さらにしっかりと取り組まれてほしいと願っております。そういう意味でも、私は今回の亀岡市教育委員会の対応や
一部の職員の方の姿勢は問題だと考えております。

そこだけは井上さんともぜひ共有させていただきたいのですが、
いかがでしょうか。

失礼なことをあえて申し上げることをお許しください。
私の懸念をどうぞお汲み取りいただけますよう、お願いいたします。

 

・・・・・・・・・・・・・・

わたしの返信に対して、井上さんからは

2月24日に人権教育課長と面会してこの件に関して事情を聞いたこと、

議場での質問を恐れているようだが自分はかき回すつもりはないこと、

そしてご自身の経験とわたしの経験に通じる問題を感じている

といったようなことが書かれた再返信が届いた。

そこでわたしは一度お会いしてみようと思い、2日ほど日程の候補を提案するメールを送った。

しかし、なぜか井上さんからの連絡は途絶えた。

一度、あらためてメールをしてみたが音沙汰がない。

体調でも崩されたかと思い、井上さんのブログを確認するとお元気そうである。

つまりは「もう私と連絡をとるつもりはない」というのが

井上さんの「意思」なのだと判断した。

もちろん、それはそれでかまわない。

井上さんのブログでもこのブログが紹介されており、

また議会の件も報告されている。

おっとどっこい元気です 井上耕作OFFICIAL BLOG

 

さて、亀岡市議会である。

教育長の答弁は読めば読むほど奇怪である。

まず、「受講者からの質疑や意見」とあるが、

これも繰り返し述べているように質疑や意見を発言したのは1人の男性であり、

亀岡市教育委員会に所属する人物であることが

件の女性の話からわかっている。

そしてその内容は根拠も述べず、わたしの行動を「えせ同和行為である」と

決めつけるものであった。

いわば「身内」が、自分たちの招いた講師に向かって無礼な言動におよんだわけだが、

わたしがいくら説明や撤回、謝罪を求めても

撤回や謝罪はおろか、説明すらしようとしない。

また、「本意を確認させていただく必要がある」とあるが、

「本意とは何に対する本意か」といくら尋ねても具体的に言わずに

とにかく呼びつけようとし、

わたしが「まず内容を示してほしい」と求め続けると

またしても根拠も具体的な箇所も示さないまま、

事実をねじ曲げ、あるいは事実確認もせず、

「問題である」と決めつける文書を送りつけてきたのだ。

「本意を確認」どころの話ではない。

そして、今も「本意を確認させていただく必要がある」と考えているようだが、

2月1日以来、亀岡市教育委員会からの連絡はない。

自分たちのやったことにどう責任をもつのか、まったくわからない。

こうしてわたしに対する責任は放置したまま、教育長は

「今後こういったことがないように、

講演内容についての十分な打ち合わせや会場からの質疑、意見等について、

臨機応変に適切に対応できるよう、職員の人権意識、資質向上に努めていきたいと

考えております。広く市民に人権を学ぶ機会を提供する行政として、市内のさまざまな

機関と連携を深めて、人権教育活動を進めてまいりたいと考えております」と述べた。

亀岡市教育委員会は

わたしに対する「えせ同和行為」という決めつけた職員の「意見」を

正しいというのか。

正しいというならその根拠を説明すればいいのに、それはしない。

こうした教育委員会のいう「講演内容についての十分な打ち合わせ」、

「職員の人権意識、資質向上」とはどんな内容なのか。

さらに「市内のさまざまな機関と連携を深めて」と述べているが、

当事者であるわたしが

資料や記録を添付したうえで説明を求めているにもかかわらず、

なぜそれを無視して、

「さまざまな機関と連携を深めて」なのか。

ここまでひとをないがしろにする組織のいう「人権」とは何なのか。

問題は「人選」ではない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  • Comments (Close): 0
  • Trackbacks (Close): 0

部落差別は「特別な差別」なのか? 15

昨日の夕方、仕事をしていると

携帯のメール着信音が鳴った。

開いてみると、わたしあてのツィートの転送だった。

アカウント名は、件の女性の本名だった。

ここに全文を記載する。

・・・・・・・・・・・・・・

@shanouyoko 社納先生のホームページ見せて頂きました。

京都府亀岡市の年老いた81歳の者です。

昨年、孫のような社納先生に一つでも伝わるかと思い

対話の機会に行かせて頂きました。

部落差別は、被ばく者の夫と共に差別の撤廃を叫び

生きてきた私にとっては特別な差別です。

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

5分後、まったく同じものが再び送信されてきた。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

@shanouyoko 社納先生のホームページ見せて頂きました。

京都府亀岡市の年老いた81歳の者です。

昨年、孫のような社納先生に一つでも伝わるかと思い

対話の機会に行かせて頂きました。

部落差別は、被ばく者の夫と共に差別の撤廃を叫び

生きてきた私にとっては特別な差別です。

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

ツィッターのプロフィールを確認すると

その女性からフォローされていた。

フォローしているのはわたしだけ、

フォロワーはゼロである。

直前にわたしに対してツィートするために

アカウントをとったようだ。

わたしはその女性の名前はもちろん、

年齢も亀岡市在住であることも知っている。

ツィッターの性格から考えても

このツィートはわたしあてのように見せながら

わたしをフォローしているひとたちに向けて書かれたものなのだろう。

わたしのTLを見ながらツィートを送信したが

TLに反映されないので5分後に再送信したと思われる。

しかし、わたしが女性をフォローしなければ

そのツィートはわたしのTLには反映しない。

わたしはフォローではなくブロックをした。

こうしたメールが何度も送られてくると

仕事に支障をきたすからだ。

1時間後にプロフィールを確認すると

アカウントごと削除されていた。

 

繰り返しになるが、

わたしはその女性が部落差別を「ほかの差別とは違う、

特別な差別である」ととらえることを否定したことは一度もない。

また、女性のいう「対話の機会」が

実際には「対話」にならなかったことも書いた。

話し始めたわたしを「わかった!」と強い口調で片手でさえぎり、

あとはご自分の話ばかりだったからだ。

あれは「対話」ではなく「拝聴」だった。

しかし再会する約束は、女性からの強い申し出により交わし、

それも女性からの一方的な留守番電話で立ち消えとなった。

これが「実際にあったこと」である。

このホームページをご覧になっているそうなので

ここで言わせていただく。

こういうやり方はやめてください。

今回のことに関するわたしの考え方は前の記事にも書いたが

もう一度、書いておく。

 

部落差別は、今もはっきりと「ある」。

それがどんなに日常にさり気なく、しかし強固に存在し、

どれほど決定的にひとを傷つけるかを見聞きしてきた。

本当に、ほんのひと言で、いや仕草ひとつで、

ひとの心は死ぬに等しいほどの打撃を受ける。

しかしそれは「ほかの差別」にも共通している。

比べられるものじゃないし、比べるものでもないだろう。

「部落差別はほかの差別とは違う」と感じたり主張したりするのは

そのひとの自由だが、

それをひとに押し付けるのは違うだろう。

それでも「これは言っておきたい」「伝えたい」ということがあるなら、

真っすぐそう言えばいい。

「えせ同和行為だ」などと中傷(としか思えない)したり、

「問題になっている」と思わせぶりに触れ回ったりせず、

本人に指摘すればいい。

そこから新たな対話が始まるのではないのか。

 

追記

今回の女性とその関係者に対しては

すでにわたしは「対話」は望んでいない。

もともと「対話」など成り立っていない

(相手方にわたしの話をきちんと受け止めようという姿勢がみられない)うえに、

わたしに見えないところでおこなわれ、

しかし耳に入ってくるさまざまな動きには

傲慢しか感じられないからだ。

しかし亀岡市教育委員会に対して

説明と、撤回・謝罪を求めることに変わりはない。

 

 

  • Comments (Close): 0
  • Trackbacks (Close): 0

Home > Archives > 2012-03

Search
Feeds
Meta

Return to page top