Home > Archives > 2012-01

2012-01

小学校で取材。

今日は「朝の読書」の取材で、ある小学校へ。

1年生のクラスにお邪魔して、

10分の読書タイムの後、いくつか質問に答えてもらった。

わたしたちも好奇心いっぱいで取材したわけだが

子どもたちも同じで、

さっそくカメラマンにまとわりついたり、

話しかけてきてくれたり、

じいっと観察してくれたり(笑)、

とても楽しい取材だった。

取材に応じてくださった図書室の先生もとてもすてきで、

「子どもの選んだ本に意見を言わない」

「アドバイスする時は子どもと同じ目線で、

”わたしはこうしてみたらよかったよ”というような表現で伝える」

「自分は”先生”ではなく、子どもたちが求める本や本の情報を提供する

”サービス業”だと考えている」といった言葉に共感した。

インタビューさせてもらった部屋から図書室に案内された時、

ブーツを履くのに手間取って、はぐれかけてしまった。

そこにすごい勢いで走っていく男の子がいたので

「ごめん、図書室どこかな?」と訊いたら、

黙って先を指差して教えてくれた。

そしてそのまま、その図書室へ入っていった。

その後、次々に子どもたちがやって来て、

10分の休み時間の間に

ある子は友だちとにぎやかに

ある子は黙って

本を選んで手続きをして教室に戻っていった。

子どもたちに愛されている図書室なんだなー。

帰りは取材メンバーで小学校時代の思い出話に盛り上がった。

「学校の匂い」に忘れていた記憶がいろいろとよみがえってきたのである。

匂いってすごいなー(そこ?)

  • Comments (Close): 0
  • Trackbacks (Close): 0

お願い。

行きつけの食堂。

今までも席に座ると「さっき届いたとこです」と

出たばかりの『週刊ポスト』を持って来てくれたりしていたが、

今日は『ポスト』と『現代』の両方を持って来てくれた!

やばい。

なんか距離が縮まってる。

調理担当で愛想のよくないおじさんも

最近は笑いかけたりしてくれて。

やーばーい。

距離が縮まると足が遠のくというジンクスがある。

全席禁煙だし、つかず離れず温かい心遣いをしてくれる、

大好きな食堂。

お願いですから、これ以上距離を縮めないでください。

好きやから。

お願い。

  • Comments (Close): 0
  • Trackbacks (Close): 0

ありがとう。

両親とはいろんな葛藤や摩擦を経てきて、

いろんな「問い」を突きつけ、

時には真っ向から否定し、と

わたしという子どもは、

それはそれは激しい子どもだったと思う。

ただ、ひとつ、両親をとても誇りに思うことがある。

ふたりとも、物欲しげなところがまったくない。

「この人とつきあっておいたほうが得だ」

「あの人とかかわると損をする」

「もらえるものは何でももらっておけ」

などといった損得勘定を見せたことは一度もないと断言できる。

それを当たり前のこととして育ってきたが、

決してそうではないことを社会に出て度々思い知らされてきた。

甲斐性も才能もないフリーランスとして生きているわたしは、

ビンボーで、小さなお金によろめいたり、ちまちま思い煩ったりすることはある。

やっすいギャラを当然のように押し付けられると、

「なめとんのか」と思うし、断ることだってある。

それを「金に汚い」と受け取るなら、それで結構である。

でも、わたしのなかには両親から受け取ったものがある。

大事な時には「やらしいことするな」と心のセンサーが鳴る。

だから、わたしは自分を信じられる。

わたしが間違いそうになった時には

意見してくれる友だちがいる。

今、両親にはとても感謝している。

両親が生きている間に、

意識がしっかりしている間に、

そのことを伝えなくてはと思う。

思いながら言えてない。

一応、このお正月にはそういう気持ちをこめて肩を叩いてみた。

そしたら母が「あんたも疲れてるのに」と

固辞するわたしの肩を叩いてくれた。

いつまでたっても子どもやなあ。

ありがとう。

でも、こういう性格は何かと生きづらいのは確かである。

 

 

 

 

 

 

  • Comments (Close): 0
  • Trackbacks (Close): 0

けんかと仲直り。

子どもの頃、しょっちゅう友だちとけんかしてた。

ちょっとしたことで言い合いになって、

時には叩きあったりして、

最後は「ふんっ」って顔をそむけて家に帰る。

でも必ずまた遊びたくなる。

同じクラスや隣近所だったりするから、

二度と顔を合わせないというわけにもいかない。

最初は気まずいけど

「・・・ごめん」とどちらからともなく言い合って、

最初はぎこちないけど

すぐにわだかまりはきれいに溶けて、

前と変わらず遊べたよな。

おとなになると

なかなかそうはいかない。

なんでやろ。

二度と会えなくてもいい人もいるけど(おいおい)、

もう1回遊びたい人もいる。

「・・・ごめん」と謝りたい人もいる。

でも素直に連絡がとれない。

「今さらなあ」と思う。

窮屈で不自由だった子ども時代に戻りたいとは思わないけど、

このことに関しては子ども時代がなつかしい。

  • Comments (Close): 0
  • Trackbacks (Close): 0

はぐれ猿。

私は友だちの少ない人間で、

というか、「友だちって何さ」とうそぶくような

かわいげのない人間だけど、

こんな私にも実は「友だち」がいるのだと気づくことがある。

先日、京都の友人と大阪でランチを食べながらおしゃべりしていたら、

お互いいじめられっ子で

学校の教室では常に居場所が定まらず

いつも寄る辺ない気持ちで過ごしていたことがわかった。

今のわたしの友だちはほとんどこのタイプだ。

ボス猿の機嫌をちょっととるだけで

ずいぶん生きやすくなるのに、

めんどくさかったり、そこまで気が回らなかったりで愛想もせず、

「なんやアイツ」といじめられるわけですな。

「でもさ、それでいいねん」と言い合う。

子どもの頃、ひとりぼっちだと思うことはたくさんあったけど、

実は群れになじめない「はぐれ猿」はあっちにもこっちにもいるのを知った。

「はぐれ猿」の友だちはあったかい。

お互い思わぬ荒波にもまれてたりするけど、

「はぐれ猿らしく、自分が納得する方向に進もうよ」と言い合う。

彼女は「我慢とかズルをしないのがアンチエイジングだよ」と笑った。

確かに、年齢とともにその人の本質が否応なく表情に出てくるもんね。

「はぐれ猿」の友だちに信頼される自分でありたいと思う。

  • Comments (Close): 0
  • Trackbacks (Close): 0

2012年が始まった。

ずいぶん長い間、放置してしまった。

ぎっくり腰やら風邪やらで12月から年始にかけて

テンション低めだったが、

ようやく元気が出てきた。

去年もまあいろんなことがあった。

若い頃、中高年になれば代わり映えのしない毎日になるんだろうと

なんとなく思っていたが、とんでもない。

「まさか」と思うことが度々起こる。

うれしい「まさか」もあるが、

とんでもない「まさか」に見舞われることもある。

最近もトンデモな「まさか」に見舞われて

いろんな人に相談にのってもらい、話を聴いてもらった。

ある意味、勉強と取材にはなるが、

まあ年に1件ぐらいでいいな。

基本的には機嫌よく生きたい。

そのためにいろいろなことをしていきたい。

去年、『断捨離』のやましたひでこさんにインタビューする機会があり、

「なるほど」と思うところがあった。

その後、モノとの関係性を見直し、かなりのモノを手放した。

これまでも大掃除をすればとりあえずスッキリするものの、

1ヶ月2ヶ月と経つうちにモノが積み重なり、散らばった。

けれど、やましたさんのいう「自分軸」「時間軸」を意識したことで

去年の秋以降も部屋の状態は保たれたままだ。

「いつか使うかも」「いざという時に足りないと困るかも」

「思い出があるから」「せっかくの贈り物だから」などと

過去や未来や他人にモノを選択する軸をおくのは

「今の自分に自信がもてず、自分の未来や可能性を自ら否定しているのでは?」と

やましたさんに問われ、あらためて部屋を見渡すと

今のわたしにはいらないモノがたくさんあった。

今のわたしにはいらないモノを手放しただけなので、

あらたに手に入れる必要がない、つまりモノは増えない。

いわば”第一次断捨離”は完了したので、

今年はいよいよ手放し難いモノとの関係性を見直す

”第二次断捨離”にチャレンジしようかな。

ちなみに、テレビはまだない。

  • Comments (Close): 0
  • Trackbacks (Close): 0

Home > Archives > 2012-01

Search
Feeds
Meta

Return to page top