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2011-03

苦しみも、そのひとのもの。

数日前、重い相談を受けていた。

3時間ほど話を聞き、

自分の経験や情報を少し話した。

あとで、一緒に相談を受けていた人がぽつりと言った。

「彼女の苦しみを少しでも引き受けてあげられたらいいのに」

わたしは「違う」と感じた。

苦しみも喜びも、そのひとのものなのだと。

引き受けられるものではないし、

彼女が自分の苦しみを引き受けてほしがっているとも思えなかった。

彼女の苦しみには、

これまでの彼女自身の生き方と選択の積み重ねがある。

それは3時間話を聞いただけでは共有できない。

いや、何時間聞いても共有できない。

まして引き受けるなど決してできない。

ただ、静かに話を聞き、

求められれば、情報や自分の経験を話す。

求められれば、そばにいる。

できるのはそれだけだ。

苦しみすらもそのひとのもの——。

不意にとらえた感覚だった。

自己満足で、苦しみを取り上げるようなことをしてはならない。

ひとには苦しみも自分のものとして向き合い、味わい、

葛藤する権利がある。

もしかしてどこかに書いてあったかもしれない。

けれど自分のからだで感じたのは初めてだった。

記憶しておきたいと思う。

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試練の連続。

いつの間にか3月も下旬。

個人的にもなんだか試練の連続だった。

ひな祭りの日に、神戸で

作家の拓未司さんのインタビューをして、

東京から来られた編集者と

三宮のはずれの居酒屋で飲んだのが遠い昔のようだ。

でも原稿は書いている。

ごはんも食べている。

今から友だちに会いにゆく。

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被災地周辺の営業銭湯情報サイト

銭湯を勝手に応援するプロジェクト「ふろいこか〜」で、

被災地周辺の営業銭湯情報サイトを立ち上げました。

地震発生から4日が過ぎ、

避難されているかたの疲労もたまっておられると思います。

せめてあたたかいお風呂につかっていただけたら・・・。

まだまだ数は少ないですが、

これからメンバーで協力してあたっていきます。

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今、できること。

地震発生の夜から高ぶっていた神経が

少し鎮まってきた。

ネット上に流れる膨大な情報とマスコミ報道を

流し読みしながら考えたこと。

今のわたしにできることは、

できるだけ落ち着いて

仕事をし、ふつうに買い物をし、

健康に気をつけること。

被災地に集中すべき資源を滞らせないこと。

買いだめには走らない。

乾電池が売り切れても、

トイレットペーパーがバカ高くなっても、

たんたんと受け入れる。

焦らなくても、

自分にできることはたくさんあると気づいた。

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祈りながら。

災害時とその後の避難生活にはさまざまな困難があるが、

女性や子どもの性暴力被害もそのひとつだ。

とりあえずは、ひとりで行動しない、させないようにしてほしい。

トイレやちょっとした用事でも、

声をかけあって数人で行動してほしい。

多くの場で秩序が保たれ、

助け合いがおこなわれているのは事実だが、

非常時だからこそのストレスがたまるのも事実。

ちいさな子どものいるシングルマザーも心配だ。

援助物資を受け取るのも、水を確保するのも、

何をするにも並ばなければならない。

疲れてぐずる子どもを抱えながら

ひとりですべてをこなすのは大変だろう。

周りと助け合えればいいが、

どうしてもシングルマザーのほうが「負担をかける」立場になる。

でも、どうかひとりでがんばろうとせず、

助け合える人を見つけ、

あるいは「助けてほしい」と声をあげてほしい。

生理用品や下着、授乳用品など

女性向けの救援物資は迅速かつ確実に

必要とする女性のもとに届けられるルートをすぐにでもつくってほしい。

これから避難所での生活のために

さまざまなことが話し合われると思うが、

「元気で声の大きな男性」だけでなく、

女性や「障害」や持病のある人、外国人なども参加したうえで

話し合ってほしい。

「ほしい」と思うばかりで情けないが、

今は遠くから

これ以上傷つくことのないようにと祈りながら、

自分にできることをやっていこうと思う。

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地震。

お昼前、仕事机の前の壁紙がひび割れているのに気づき、

「地震がきたらやばいなー」と思っていた。

午後になって本当にゆらゆらと揺れ始めた時は

思わず机の下にもぐりこみかけた。

刻々と被害の大きさが伝わってくる。

落ち着かない気持ちで

昨日と変わらない日常を過ごす。

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ちぐはぐな頭と体。

あっという間に1日が過ぎてしまう。

でも今日は原稿を1本仕上げて、

次の原稿を半分書いたから、まあまあか。

頭のなかはめまぐるしくいろいろ考えてるけど、

体の動きはいたってスロー。

これでいいのだ。

しょーがないのだ。

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BeFLAT 村﨑太郎さん インタビュー

「10代のための人権情報ネットワーク BeFLAT」で

猿回し師・村﨑太郎さんのインタビューをしました。

自分を語ることで、差別の「あっち側」と「こっち側」に橋をかける

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「うつわ」の話。

誰かと離れたら、新しい出会いがあった。

ひとつの仕事が終わったら、思わぬところから依頼がきた。

そんな経験が何度もあった。

誰にもそのひとなりのの「うつわ」があって、

あふれず枯れず、適度に中身が入れ替わるようになっている気がする。

「うつわ」が適度に満たされるには、

よくばりすぎても

卑屈になりすぎてもいけない。

生まれつき大きめの「うつわ」のひともいれば、

小さめのひともいるけれど、

「うつわ」の大小にこだわっていると

だんだん「うつわ」そのものにヒビが入り、

ある日、ばかんと割れてしまう。

がらんとした「うつわ」を見かけたら

周りにも声をかけて

みんなで少しずつ、がらんとした「うつわ」に

自分の「うつわ」の中身を移す。

大きくてあふれそうな「うつわ」を抱え込んでいる人を見かけたら

わざとぶつかって「あらら、ごめんね」と言いながら

少し中身をこぼして「うつわ」を軽くしてあげたりして。

いろんな「うつわ」があるから面白い。

そして、その大きさはちゃんとそのひとに合わせてある。

ちなみにわたしの「うつわ」はかなり小ぶりで、

すぐ満たされるけど、

すぐ枯れそうにもなり、

難儀だけど持ち運びにはちょうどいい。

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