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2010-09

眼鏡に酔う。

頼まれ仕事に思いのほか時間がかかり、

あっという間に原稿がダンゴ状態に。

あわわ。

長年の懸案であった眼鏡を

ようやくつくった。

眼科でじっくり検査してもらったところ、

左が0.3、右が0.04で

「がっつり近視です」とのこと。

左右の差は昔から。

そして昔から

「左の視力が落ちてきたら眼鏡をつくれます」と言われていた。

それでもまだ相当いびつな、

わたしの目。

処方箋を書いてくれた医師に

「眼鏡屋さんはビックリすると思いますけど」と言われていた。

そしてやっぱりビックリされながらつくった眼鏡。

レンズだけで2万円もしたので、

フレームは値段を優先。

そういえば、生まれて初めてかけた眼鏡の色に似ているかも。

それでも時間をかけて調整した眼鏡ちゃん。

いざ手にしてかけてみると・・・

き・・・気持ち悪い。

車や船で酔ったみたいな感覚。

5分で吐きそうになって外した。

ついでにおなかまで調子悪くなった(なんでやねん)。

外しても気持ち悪い。

どーゆーこと!?

どうなる、眼鏡!?

おえっ。

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望まれかったいのちもある。

子どもに「いのち」の大切さを伝えるとき、

「何億の精子からたったひとつの精子が選ばれて」とか、

「あなたが存在するまでに何千何万の人の命がつながっていて」とか

ようするに

「生まれてきたことがどれほど奇跡的なことか」を

強調するひとや授業がある。

「どれほど望まれて生まれてきたか」を強調することもある。

あれを見聞きするたびに、

「なんだかねー」と思う。

今を生きているいのちの重みに、

精子や祖先の数や

「望まれたかどうか」なんて関係ない。

そして、すべての命が

「望まれて」生まれてくるわけではない。

「望まれて」生まれてきたとしても、

「望まれかた」によっては

子どもを苦しめる。

「望む」のも「望まない」のも生む側の勝手。

望もうと、望まずとも、

子どもは生まれてくる。

その重みは同じだ。

同じになるようにするのが

おとなの責任だ。

そこから目をそらしておいて

おためごかしの物語に酔うな。

↑自戒

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すてきな秋。

うかうかしていたら、

もう9月も終わりではないの。

手帳をみれば

それなりに動いているけど

毎日どんどん忘れていく。

最近のトピックといえば、

秋分の日に京都で取材をし、

ちょっとした解放感とともに

新しくオープンしたホルモン屋さんに行ったことかな。

よその人間にとって、

京都の地名はなかなか手ごわい。

タクシーに乗り込むなり、

取材ノートにはさんでおいてメモを勢いよく読み上げた。

「かわらまちきやまちだんくりくだるひがしがわ!」

運転手のおっちゃんに手際よくいなされた。

「どんぐりさがる、ですな」

河原町木屋町団栗下ル東側。

「まあ、当て字ですから」と慰められた。

大恥。

ホルモンはたいへんおいしゅうございました。

そしてなぜか高槻で途中下車。

路地で見つけたバーが当たりで、

アイリッシュやバーボンをするすると。

ああ、秋ってすてき。

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聴くちから。

昨夜はカマン倉田めばさんの語りを聴いた。

「おしゃべり相談会・勉強会 えんがわ日和」という会にて。

テーマは「薬物依存者になってよかった〜私の手渡したいもの」。

めばさんの話を聴くのは

取材も含めて4回目だが、

毎回新しい気づきがある。

今回、印象深かったのは

「薬物依存からの回復に必要なのは、聴く力。

ひとの話を、1時間黙ったまま聴き続けるのは大変なんです。

黙って聴くというのは、次に自分が何をしゃべろうとか、

さまざまな雑念を追い払っている状態。

ひとの話にただ耳を傾けることができれば、

ほぼ回復していますね」

深い。

「薬物依存者になってよかったって、どういうことやねん」と思ったひとは、

次回の「えんがわ日和」めばさんの回にぜひ。

10月15日(金)18時30分〜20時

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左まぶたがピクピク。

金曜日から左まぶたがピクピクしはじめた。

つかれたサイン。

つかれるほど何をしてるねんと自分でも思うけれど、

とりあえず休もう。

というわけで、文字通りの三連休を過ごした。

換気扇洗って、トイレとお風呂をみがいて、

あれこれ洗濯して、プランターに秋の花を植えて。

合間に散歩して古本屋をのぞいて、至福の昼寝。

晩ごはんは友だちと食べる。

たのしいお休みは瞬く間に終わった。

まぶたのけいれんも収まった。

と思ったら、またもピクピク。

どーゆーこっちゃ。

そういえば、金曜日の取材先で富司純子さんに出会った。

純白のスーツが薄暗いなかで目をひいた。

芸能人に珍しくないが、

思い描いていた以上に

きゃしゃで小柄なひとだった。

なんとなく目が合い、

わたしが「あれ、誰だっけ?」と考えている間に

黙礼された。

その後、見送りに出たひとに

正座して深々と頭を下げ、

「このたびは菊之助がお世話になりました」と。

先に靴を履いて出ようとすると、

横に並べられた彼女の靴は

これまた驚くほどきゃしゃなヒールの、

真っ白な靴だった。

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疲れを感じた時。

朝からせっせとアポ取り。

うまくいったのもいかなかったのも。

合間にテープ起こし、レポート作成。

夕方になって、

疲れたなーとしみじみ思う。

疲れたとき、

無理やりでも何かをして気分を切り替えたほうがいいのか、

静かに過ごしてこころとからだを休めたほうがいいのか、

わからないときがある。

自分のことなのに。

「どーすりゃいいのさー、このあたし」

夢は夜開く〜〜っと。

小学生のころ、この歌を歌っていたら

母親に「子どもがそんな歌を歌うのはやめなさい」と言われたっけ。

意味がわからなかった。

今わかるのは、

夜開く夢にろくな夢はないってこと。

でも、ろくでもない夢がない人生はつまらない。

てか、「健康的」な夢は往々にしてはた迷惑である。

そんなことをつらつら考えながら、

1本100円の焼き鳥をテイクアウトして、

タカラヅカのDVDを観ながら食べている。

「疲れをとるには、自分のやりたいことだけをやることだ!」と

やってみたら、

こうなりました。

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娘に。

娘の保育実習が今日でおわったらしい。

この10日間、毎日へろへろになっていた。

夜はしこしこと記録を書いている。

真剣に文字を書いている姿を見たのは

高校受験以来だ(どんだけ久しぶりやねん)。

わたしが帰宅すると

「聞いてー」と愚痴が始まる。

愚痴といっては申し訳ないか。

けど「ふんふん」と聞きながら

「どこでもある話なんだな、それは」と思う。

理解不能な上司。

いじわるな先輩。

不合理きわまりないルール。

「信じられへーん!!!」と全否定。

20歳のわたしもまったく同じだった。

(母親がつくった)夕食を食べながら、

えんえんと、いかにひどい仕事環境かを

いきりたって話していた。

でも25年経った今はわかる。

自分も相当なもんだったよ。

基本のキもできないくせに、

あれこれ雑用を言いつけられるのが気に入らない。

気が利かない自分を棚にあげて、

ちょっと厳しい言葉にいつまでもこだわる。

とんだ「お嬢さん」だったよ。

ま、確かにヘンな人もいたけどね(まだ言うか)。

20歳って年齢は、

当人にすればけっこうしんどい年頃なんやな。

なりたい自分、あるべき自分と

現実とのギャップに途方に暮れたり、

10年後どころか1年後の自分すら想像できないことに

焦ったり。

もがいて動いて考えて、またもがいて、

ようやく自分なりの生き方を見つけたと思ったら

もうさほど時間がないというのも皮肉だけど。

それでも20歳のころに比べれば

ずっと楽しい。

ほろ苦いことも含めて楽しい。

ストレスは絶えないけど、

一番大事な部分ではかなりストレスフリー。

逆にいえば、45歳で楽しいと思えるためには

20代30代は思いきりもがくのがいいのかもしれない。

納得できないことにはこだわり、

ところかまわずかみついて、

頭打って、すっころんで、ねんざして。

痛いけど、

めっちゃ痛いけど、

同じように痛い思いしている人と出会ったり、

ちょっとは加減ができるようになったり、

「いたたた」としゃがんだところで思わぬ世界が開けたり、

するもんだよ。

がんばれー。

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『ふらっと』 ココルーム 第5回

「人権情報ネットワーク ふらっと」に連載中の

釜ヶ崎にある、不思議で面白いひとたちが集まってくるカフェ、

ココルームの取材記事の5回目がアップされました。

今回は、元スタッフの方のインタビューです。

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草津で講演。

滋賀県草津市で講演をした。

行政の職員さんの研修の一環で

テーマは「女の「貧困」を生み出すものは何か」。

と書くと、たいそうな話のようだが

わたしが取材で見聞きしたことを中心に

話してほしいということだったので

それならと引き受けたのだった。

このテーマで話すのは初めてなので

昨日からちょっぴりナーバスだった(昨日からかい!)。

脳内で、シミュレーションを繰り返す。

ネタはいろいろある。

自分のダブルワークの体験も話せる。

よっしゃ!いける!(たぶん)と自己暗示をかける。

結果は・・・比較的落ち着いて話せたけど

反省点は多々あり。

最後に手を挙げてくれたひとから

「課題ばっかり話されたけど、あかるい展望も見せてほしい。

シングルマザーの道を自ら選んだあなたは、

世界一幸せだと言えますか?

ぜひ言ってほしい」という発言があった。

たしかにシングルマザー個人のではなく、

社会の課題を知ってほしいと

あれもこれもと詰め込んで話した。

まだ言い足りないぐらいだったけど

聞いてるほうはしんどいかな。

と、課題はありつつ、

スッキリさわやか、前向きな気分で大阪に戻る。

厳しいアンケートも受け止められる・・・はず。

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この夏に思ったこと。

ぐずぐずと進まなかった原稿が終わったー!

さー、次行こう。

今日から9月。

誕生日を祝ってもらったのは

ずっと昔のような気がする。

なかなか濃い8月だった。

なかでも「縁」について思うところが多かった。

わたしはわりと人間関係に淡泊で、

どんなに長いつきあいでも

「切れてしもたらしょうがない」と考える。

子ども時代に転校を繰り返したことも影響してるかもしれない。

ひどく傷つけ傷つけられた経験を何度かしたせいかもしれない。

そんなわけで、

どこか人と距離をおこうとするのだけど

声をかけてくれるひとやいつでも行ける場所があって

なかにはもう切れてしまうかもとか、

切れてしまったかもと思っていたひとからメールがきたりして、

人との縁って

そんなに簡単に切れるもんじゃないんだなと思った。

あっけないほど簡単に切れてしまうこともあるけどね。

切れるのも、切れないのも、

自分の気持ちしだいなのか、

それこそ「縁」としか言いようのない不思議なものなのか、

よくわからない。

けど、

そう簡単に切れるものじゃないということを

肝に銘じておくのは悪くないと思った夏だった。

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