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2010-08

アリの祟りか。

数日前から台所のゴミ箱周辺に

ちいさなアリがたかって困っていた。

ゴミ箱をきっちり閉め、

食べ物も出していないのに

アリたちは去ってくれない。

そこで薬局で「アリの巣ころり」とかいうものを買ってきた。

黒蜜の匂いでアリを惑わせ、

たべものと勘違いさせて巣に運ばせる。

しかし実は毒が仕込んであり

巣に運んだころに効力を発揮して

アリを殺してしまうという

おぞましい仕組みだ。

ゴミ箱のふたの上に設置した。

そして、わたしは深夜に目撃してしまった。

アリたちが毒のエサをせっせとリレーしている様子を。

朝、ゴミ箱を見にいくと

アリたちの姿はなかった。

今ごろ・・・

巣のなかで・・・

ごめんよお〜〜〜〜〜〜〜〜

たいへん後味の悪い結果となった。

今日、

わたしは静かに自分をふりかえっている。

そのせいかどうか知らないが

なんだか朝からいろんなことがちぐはぐで

スムーズに事が運ばない。

↑単に自分の段取りが悪いだけ

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空組ざんまい。

金、土、日と「劇団空組」の公演を観た。

ぜんぶで5回、つまり全公演。

5回目の受付はさすがに恥ずかしかった。

しかも整理番号は1番。

つまり1番乗り。

あとから来た娘・20歳に

「5回目やのに厚かましい。信じられへん」と非難された。

すいません。

でもさ、5回目だからこそ1番乗りしたかったのよっ。

なのに3番の整理番号を取ったカンニング竹山似の

おっさんに先を越されたわよっ。

娘も知らないけど、

あきちゃん制作のうちわも買い占めたわよっ。

それはともかく(ともかくなのか!?)

同じ舞台を何度も観るというのは初めてじゃないけど、

やっぱりいいわー。

演出を微調整してきたところや微妙に変えた言い回しに

「なるほどー」と思い、

それぞれの役が回を追うごとに深まってくるのに感心する。

そして何といっても

わたしのアイドル「あきちゃん」と「ゆかちゃん」「よしみちゃん」

成長ぶりに心は揺さぶられっぱなし。

そして何と!

最終公演のフィナーレで、

赤いバラを持って登場したゆかちゃんが

舞台を降りてきて

わたしにバラを!

ずきゅーーーん!

・・・・・・。

もう少し落ち着いたら

ちゃんと劇評を書こう(書けるのか!?)

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仕事の基準。

フリーで仕事をしていて、

ずっと課題なのが

お金に関するやりとりだ。

自分の仕事に「値段」をつけるのは

なかなかにむずかしい。

といっても、原稿料はほとんど先方が決めていて、

自分が決めるのは、その金額を受け入れるかどうかだけだ。

しかもたいていはすべてが終わってから

自分の仕事の「値段」がわかる。

「受け入れるかどうか」というよりは、

「それでも続けるかどうか」だ。

「それでも続ける」には、

自分が納得できる理由がいる。

いっしょに仕事をして刺激を受けるか。

自分にとって手応えのある内容か。

面白がってやれるか。

ぜったいに我慢できないのは、

フリーランスの立場や気持ちをないがしろにされることだ。

ひとをあからさまに軽んじるひと(ところ)と

仕事はしたくない。

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『PHP』9月号

特集「それでも人生は変えられる」で、

ジェフ・バーグランドさんのインタビュー、

「生き方のクセを変えてみる」をまとめました。

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さらば、隣人。

お隣のNさんが今月いっぱいで引っ越すそうだ。

たぶん70代のNさんは、現役ばりばりのヘルパーである。

朝早くから自転車に乗って出かける。

陽気で好奇心旺盛で、おしゃべり。

花の世話をするのが好きで、

小さな玄関先に所狭しと植木鉢を並べている。

わたしとNさんの間には微妙な距離感がある。

というか、わたしが一定の距離をおくようにしてきた。

わたしの仕事やら家庭事情やら何やら、

遠回しに訊いてきたり、不意打ちのストレートをかましてきたりしたけれど

あからさまに受け流しているうちに

「当たらずさわらず」という関係が確定した。

おみやげの交換やおすそわけをしつつ、

選挙のときは「また頼むわなー」と言われ、

(もちろん「は〜い」と答える)

仕事の行き帰りに鉢合わせすれば

「おかえりー」「ただいまー」と言い合う。

ときどき「いつも夜遅いねー」と言われる。

わたしにとっては、基本的につきあいやすいけれど

たまにめんどくさいお隣さんだった。

Nさんにとっては、

とっつきにくい隣人だっただろう。

今度の住まいはマンションで、

植木鉢は2つ3つしか持っていけないらしい。

今朝、玄関先で顔を合わせたとき、

Nさんが一番好きな花で、丹精こめて世話をしていたあじさいを一鉢、

「もらってくれる?」と手渡された。

いざとなるとさみしいな。

そう思ったら、

「遊びに来てなー!」と元気よくいわれた。

今までも遊びにいったことはないですけどね。

大阪のおばちゃんに感傷はいらんねん。

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人間の条件、そんなものない。

社会学者の立岩真也さんが、

『人間の条件 そんなものない』という本を

理論社から出された。

「よりみちパン!セ」のシリーズ。

このなかに、わたしがインタビューして『人権情報ネットワーク ふらっと』

掲載された原稿が収録された。

10年前のインタビューだが、

編集長の清水さんがネットを検索して発掘し、

「ぜひ収録を」と連絡をくださった。

もちろん喜んでお受けして、

おそるおそる「できれば名前を載せてほしい」と打診してみたら

「立岩さんからも「ふらっと」の事務局からもそう言われているし、

もちろんこちらもそのつもりです」と。

いやー、みんないいひとだなー。

名前が載らない仕事も多いので、うれしい。

まして立岩さんのファンとしてはめっちゃうれしい。

この時のインタビューは、よく覚えている。

『弱くある自由へ』という著書を読み、

直接話をききたくて、企画を出したのだった。

そのころ立岩さんは信州大学医療技術短期大学部の助教授だった。

本がぎっしりつまった本棚の奥でのインタビュー。

おぼつかない知識と情報量でのぶしつけな質問にも

ていねいに答えてくださった。

しかしわたしの理解力が圧倒的に足りず、

しまいに禅問答みたいになってしまい、

立岩さんは「大丈夫かいな」と不安に思われたはずだ。

(自慢じゃないが、わたしはよくインタビュー後に

「こんなんで原稿になりますか?」といわれる)

おまけに、当時、話題になっていた宮台真司さんの

援助交際のフィールドワークを引き合いに出し、

「立岩さんは援助交際とかには興味ないんですか?」などと

とんでもない質問までやらかしている。

この時の立岩さんの困った顔までよく覚えている。

(その顔を見て「しまった」と思った←遅すぎ)

ほんまにすいません。

そんなことを思い出しながら

あらためて読み返してみると、

いろいろ思うことがある。

聞き手がしゃべりすぎ。

説明しすぎ。

でも、ていねいに理解しようとはしている、かな。

これからも10年後に発掘されるような原稿を書いていきたい。

と、わたしの思い出話とは関係なく、

いい本です。

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夏の終わりが始まった。

毎年思うことだけど、

お盆をすぎると

朝夕の空気がすこし変わる。

夏空の色もすこしずつ褪せはじめる。

ちょっと間があいてしまったが、

お盆に旅行、なわけはなく

濃い取材と原稿をいくつか並行しながら

釜ヶ崎や石橋や新大阪や十三や日本橋をうろうろしていた。

今朝、先輩から「梅田でランチを食べながら

落ち着いて話せる店知らん?」と問い合わせがあった。

いくつか「いつか行きたい店」を知らせたけど、

じっさいはとんと縁がないんだな、これが。

昨日は映画監督・河瀬直美さんにインタビュー。

河瀬さんにインタビューするのは3回目だが、

お会いするごとに柔らかさが増しているように感じる。

もっともっと時間をかけて聞きたいことがある。

いつか、きっと。

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お願いだから。

週末はスーパー銭湯めぐりへ。

土曜日。

真っ青な夏空を見上げながら露天風呂に浸かっていると、

3人の孫を連れた60代の女性が登場。

「そこは危ないから、ここから入り」

「ほら、ちゃんと手すりにつかまって」

「走ったら転ぶよ!」

と、ひっきりなしに口出しする。

そこに母親が登場、

孫たちを母親に引き渡し

ひと安心という面持ちになった女性は

わたしの目の前でお湯にどっぷりと浸かり、

耳の後ろやわきの下をせわしなくこすり始めた。

おいおいおいおい。

しまいにはお尻のほうをもぞもぞしている。

ぎゃー。

そして日曜日。

土曜とは違うスーパー銭湯の露天風呂で

ぼんやり入道雲をながめていると、

50代とおぼしき2人の女性が入ってきた。

「あと2日仕事したら6連休やわー」などと話している。

3つの露天風呂を転々としていると、

同じようなタイミングで彼女たちも入ってくる。

「さーて、そろそろ上がろうか」と思っていると、

2人も立ち上がった。

そして1人がもう1人に向かって

「お尻だけちょっと洗ってくるわ」と言うではないの。

今からかいっ。

そこは最初に洗おうよ。

お風呂に入るときは

まずかかり湯をして汗と汚れをざっと流す。

首周りとわきの下とお尻はせっけんでしっかり洗う。

湯船に浸かるのはそれから。

って、教わってないんかいーーーー!

不特定多数の人が入れ替わり立ち替わり入るお風呂に

完璧な清潔は求めないけど、

湯船でからだを洗うのはやめて〜〜〜

お尻は先に洗って〜〜〜〜〜

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「はらっぱ」8月号

「戦争」と「わたし」とのかかわりを考える という特集の

企画編集を担当しました。

「「なぜ、日本は軍隊を送った?」

イラクの人びとの問いに言葉をなくした」と題した

高遠菜穂子さんの寄稿と、

大阪府の公立小中学校で平和教育にとりくむ

3人の教師のみなさんのインタビュー記事で構成しています。

高遠さんは2004年にイラク・ファルージャで

現地の武装勢力に拘束されたことで

日本国内で壮絶なバッシングを受けました。

しかしその後も地道にイラク支援を続けています。

今回の原稿はアンマンから届きました。

「はらっぱ」は、子ども情報研究センターの機関誌ですが

1冊単位での購入もできます(1冊700円)。

書店には置いていないので、

興味のあるかたは子ども情報研究センターにお問い合わせください。

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墓地で詩をかく

昨夜は、4月から参加している「詩の学校」のお盆編へ。

この学校はお寺で開かれる。

今回は特別バージョンということで、

まずは本堂で住職による読経と法話を聴く。

内心、「信心もしてないのにええんかな」と思っていたが

あとで聞くと、浄土宗はそのへんかなりおおらかだそうで、

「ぜんぜんかまいませんよ」とのことだった。

そして、それぞれガラスの器にはいったろうそくをもち、

いざ墓地へ。

思い思いの場所で、30分ほどの時間をかけて詩をかく。

お盆、墓地とくれば、おのずと生きること死ぬことについてかんがえてしまう。

テーマはすぐに浮かんだ。

30分後、墓地の中央に集まり

交代で自分の詩を朗読していく。

はやく読んでしまったほうが気持ちが楽だなと思い、

3番目か4番目に手をあげた。

ところが、いざ読み始めると

とつぜん涙があふれだして

1行目からつまってしまう。

あとはつっかえつっかえ、涙声で。

自分でも驚いて、ものすごく動揺してしまった。

ただ、わかったのは

このきもちをだれかに聴いてほしかったということ。

初めて会ったひとのほうが多かったが、

みんな黙って聴いてくれた。

それがとてもうれしかった。

そして、見ず知らずのひとたちをいっしょに送り出せた気がした。

(今は亡くなったひとを迎える時期なんだろうけれど、気持ちとして)

いい夜だった。

※何について、どんな詩を書いたかを

ここに書こうかどうかまよったけど

やめときます。

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