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2010-03

父へ。

ひさしぶりに両親に会い、父となんとなく世間話をしていたら唐突に言われた。

「ブログ、読んでるよ」

ぷぎゃー。

それこそがわたしのもっとも怖れていた言葉。

たまにわたしの名前で検索しているふしが見受けられていたので

もしやとは思っていたのだ。

近いうちにここで呼びかけようかとも思っていた。

「おとーさん、このブログを読んでいるなら今すぐ閉じてください。

ここはあなたがのぞいてはいけない世界です」

ここはですね、ライターで食べてるわたしの練習場(そうなん!?)。

自分を笑ってナンボ、人様に笑ってもらってナンボ。

「いかに笑われるか」を目指して呻吟しているのだ(ほんまかいな)。

というのも、こう見えていたって真面目なワタクシ。

たまに「社納さんのお考えを書いてください」と編集者にいわれると

(たまにってとこが情けないが)

つい「このような社会のあり方はいかがなものか」みたいなことを書いてしまう。

これはヒジョーに恥ずかしい。

おまえは何様やねん。

そんな大きな恥をかかないために

毎日ちょっとずつ恥をかこうと考えたのだ。

自分にしかわからない理屈だと思う。

とにかく、そういうことだから。

親が読んでもいいことは何もないから。

そっとしておいてやってつかあさい。

やさぐれ娘より。

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カレーライスと、こまどり社

昨夜はココルームの月一の恒例、夜回りに参加。

18時半すぎに着くと、野宿の人たちに配るおにぎりは

すでに常連のNさんたちが準備してくれていた。

夜回りに参加するメンバーでちゃぶ台をかこみ、カレーライスを食べる。

最近、ここで晩ごはんを食べることが多い。

たいてい誰か初対面の人がいて、自己紹介をしながら食べる。

大皿でドンドンと出される料理を、みんなで分け合いながら食べる。

「まかない」みたいだけど、もちろんお金は払う。

土曜日にいっしょにお昼ごはんを食べたのは(お昼もかい)、

埼玉からやってきた「こまどり社」を名乗る青年だ。

ヘルパーの仕事をしながら、獅子舞や似顔絵描きをしているらしい。

わたしも似顔絵を描いてもらった。

似ているかどうかよりも「最速」を目指しているとかで、

ふだんはいたっておっとりしているのに

描き始めると同時に

顔を激しく上下させながらマジックペンをシャカシャカと走らせる。

「なぜ最速?」という疑問を抱かずにはいられないが、黙っていた。

一人でやっている「こまどり社」は、二週間滞在して

「健康」という切り口で釜ヶ崎に何か貢献したいそうだが、

昨夜は自分が熱を出して寝込んでいた。

お、おもしろすぎる。

さて、今日は何が起こるのだろうか(今日も行くんかい)。

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ベーシック・インカムの視点から見直す「生き方」

眠い眠いと思いながら、出歩く毎日。

26日の午後は、同志社大学でおこなわれたBIJN設立記念国際学術シンポジウムへ。

BIJNとは、「ベーシック・インカム日本ネットワーク」の略。

わたしがベーシック・インカムという概念を知ったのは

5,6年前、「ひきこもり」の人たちや支援活動をする人たちが集まる場だった。

生きづらさを抱える人が社会から排除されていくことへの、ひとつの打開案として

「条件を一切つけず、すべての人に最低限の生活ができるだけのお金を支給する」

(社会参加への無条件の保障)という方法があり得るという話を初めて聞いたときは

「なるほど!」と思いながらも、机上の理想論のように感じていた。

けれどもそれからあちこちでベーシック・インカムについての

話題や議論を見聞きするようになり、

自分も「シングルマザーにとってのベーシック・インカムとは」という座談会に参加したりして

わりと現実的な感覚をもちつつある。

何より、ベーシック・インカムについて考えたり議論したりするのが面白い。

この社会で、女として、シングルマザーとして、労働者として、働くとはどういうことか。

どれだけのお金があれば、生活できるのか。

幸福感や充実感と、収入、労働との相関関係は?

などなど、ベーシック・インカムという概念に刺激されて

さまざまな論点が浮かび上がり

自明のこととして取り込んでいた価値観、

ひいては自分の生き方そのものを見直さざるを得なくなる。

そういう意味でも、ベーシック・インカムを現実的な政策として

議論する場がもっともっと広がればいいなと思う。

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眠たすぎる。

眠たすぎるのだ。

不眠に悩んだ過去はいずこへ。

目をつむれば3秒で眠りに落ち、

7時間後に目覚ましが鳴れば、瞬時に止めてまた眠り。

目覚めれば9時。

午後には1時間の午睡。

仕事せんかいっ。

と、誰かわたしを鹿って。

↑「しかって」と入力したら、こう出た。

こっちのほうが今の気分にピッタリなので、このままにしとく。

鹿ってね。

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ETV特集「死刑囚・永山則夫 獄中28年間の対話」

昨晩、ETVで放映された「死刑囚・永山則夫—獄中28年間の対話」は、よかった。

はじめてインタビューに応じるという、彼のパートナーだった和美さんの

身体からふりしぼるような語り。

親から捨てられ、戸籍もなかった和美さんは高校進学もかなわなかった。

どうにか戸籍を得たいと出向いた福祉事務所で、金銭的援助も得られることを知るが、

「親が白人なら10ドル、黒人なら5ドル、フィリピン人なら3ドル」と聞かされる。

和美さんの、顔も知らない父親はフィリピン人だった。

自分につけられた「値段」は月3ドルだと”宣告”された彼女は、

深い絶望とともに「もう、いい」と思った。

自分から社会を切り捨てた。

援助を断わり、書店で国際法の本を万引きして、公園のベンチで読んだ。

そして思った。

「子どもを捨てるなよ」

「親は、社会は、なぜ子どもを捨てるんだ」

永山則夫と同じように、銃の引き金を引いてもおかしくないほどの

絶望と怒りを抱えていた和美さんだが、

彼女をひきとめたのは、育ててくれた祖母の匂いとぬくもりだった。

そんな背景をもった彼女と文通を始めた永山則夫は、

少しずつ変わっていく。

親や社会にやみくもに恨みと怒りをぶつけるのではなく、

理論武装をし、資本主義社会を拒否して自ら死刑を望むのでもなく、

和美さんとともに生きること、生きて償い続けることを考えはじめる。

「社会に戻ったら、どんな子も勉強が楽しくなるような塾をしたい」と

夢を描くまでになる。

その頃の和美さんへの手紙には、

「楽しく英語を学べるように」と、アルファベットに顔や手足、あだ名のような

名前までつけてキャラクター化させたイラストが描かれている。

荒々しかった文字が、丸みを帯びたやさしい文字になっている。

しかし、最高裁は高裁の判決を差し戻し、永山則夫は死刑囚となる。

そして、1997年8月1日、死刑執行。

遺族の気持ちに思いを馳せながら、

永山のいのちを「わたしにとっては宝物」と和美さんは話す。

しかし無期懲役に減刑されたときも、決して喜べなかった。

むしろ、さらにいのちの、生きるということの、

とほうもない重みを感じたと話す。

一瞬のうちに、一方的に命を奪われた被害者と、

28年の間、考えて考えて考えたのちに命を奪われた加害者と。

これは「対比」させられるものなのか。

加害者の命は「奪われた」のではなく、「償われた」ものなのか。

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『ふらっと』 ココルーム 第3回

今回、登場するのはカマン!メディアセンターのスタッフ、原田麻以さん。

「わたしたちの活動は、

”お店とお客さん”という関係性を超えることから始まる」

というタイトル通り、ココルームも、その向かいにあるカマン!メディアセンター(カマメ)も、

誰がスタッフで誰がお客さんなんだか、初めて訪れた人にはわかりづらいかもしれない。

世話を焼きたがる常連のおじさんたちは、

ココルームやカマメ、そしてスタッフとのやりとりがない生活などもはや考えられない。

しかしココルームやカマメ、スタッフにとってもまた、おじさんたちのいない「場」はあり得ない。

暴力沙汰やお金の問題、焼きもち焼いたり焼かれたり。

どろどろぐるぐるうだうだと、狭い店のなかはいつも何かが渦巻いている。

それでいい、ではなく、それがいいと、

原田麻以さんは会社を辞めて、東京から釜ヶ崎へやって来た。

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紙一重。

24歳の母親が、泣きやまない2ヶ月の娘を強く揺さぶり

死に至らしめたとして逮捕された事件。

「どうにもやりきれない」と、友人たちと話す。

育児の経験がある女たちは、口をそろえて「紙一重だ」という。

わたしにも覚えがある。

生後数ヶ月は昼夜が逆転するのも珍しくない。

夜通し、布団に寝かせたとたんに「抱け!」とばかりに全身で泣く赤ん坊に

ひたすら愛情をもって接するのは相当に困難だ。

わたしは生後1ヶ月にもならない娘に、「うるさい!」と怒鳴ったことを

今もはっきりと思い出せる。

そして、今でも泣きたくなる。

その気持ちはひと言では表現できない。

あのときのわたしも24歳だった。

わたしは、母のサポートと、父の「紙おむつを使ってもいいんじゃないの」という言葉に救われた。

出産という大仕事を乗り越え、育児に奮闘する彼女を支える人はいなかったのか。

報道された住所をみると、近くに深井中央温泉という素敵な銭湯がある。

番台には笑顔が温かいおばちゃんが座っている。

脱衣所には、今では使われることがほとんどないという木製のベビーベッドがある。

彼女もあかちゃんも、ゆったりとした湯船にのびのびと浸からせて、

「がんばってるなあ」と声をかけてあげられていたら。

「あかちゃんはみとくから、ゆっくり入っといで」と言ってあげられていたら。

それはわたしが言ってほしかった言葉であり、

言ってもらった言葉だ。

だから、今、わたしはここにいる。

最近なんでもかんでも忘れて、ちょっと大変なわたしだが

このことは忘れない。

そして「おせっかいおばちゃん」になるんだ。

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石橋でイタリアン

阪急・石橋周辺は、なかなか魅力的なまちだ。

改札口につながっている商店街は活気があり、なんと銭湯もある。

商店街を抜けたところになぜか赤く塗られた小さな橋があり、

渡れば飲み屋が連なる路地がくねくねと続く。

昨日は、小さなイタリア料理店に入った。

40代のシェフと若い女性のサービス担当の2人で切り盛りしている。

料理はどれもおいしかった。

なかでも蝦夷鹿の生ハムと春野菜のリゾットはしみじみとおいしかった。

ワインもリーズナブル。

残念だったのは、サービス担当の接客である。

何を聞いても、いわゆる「木で鼻をくくった」対応しか返ってこない。

料理やワインを選ぶ楽しさを提供しようという気持ちがない。

ワインの相談をすると、

「安いものはそれなりのお味になります」って・・・

そりゃわかってるけど、もうちょっと言いようがあるんじゃね?

2軒目のバー。

雰囲気はとってもいいし、マスターの対応も好印象。

ところが常連らしき男性が部下らしき女性たちを引き連れてきてから

空気が変わった。

大声で、つまらないダジャレの応酬。

サービスの域を超えた卑屈な態度。

オーダーがなかなか通らない。

口を動かす前に手を動かしなさい!

と、昔、親に叱られたことを思い出したよ。

いいお店って何だろう。

味、雰囲気、清潔感・・・最終的には「人」だと思う。

もちろん、客の側にも求められる。

節度、ある程度のマナー、「この時間を楽しみたい」という気持ち。

お店を出るとき、「ごちそうさま、ありがとう」と心から言える時間を過ごしたい。

昨日もイタリア料理店では言ったけど、心からとは言えない。

バーは黙って出てきたぜ。

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『想い雲』 高田 郁

ハルキ文庫 571円+税

『八朔の雪』『花散らしの雨』に続く、時代小説・みをつくし料理帖シリーズ。

大坂に生まれ、幼い頃に水害で両親を亡くし天涯孤独になった澪。

料理屋「天満一兆庵」に奉公人として引き取られ、主に見込まれて料理を学ぶ。

度重なる不幸で一兆庵が店を閉じた後、女将とともに江戸へ。

料理屋「つる屋」の女料理人として、さまざまな難問にぶつかりながら成長していく・・・。

つい先日、作者の高田さんとライター・島﨑今日子さんとのトークショーがあり、

執筆の裏話や作中の人間関係の行方など聞いたこもあって

今まで以上に面白く読んだ。

澪のほのかな恋心もいいけど、わたしが一番グッとくるのは

幼なじみで今は吉原で太夫となっている野江とのかかわり。

互いに思い合いながらも会えない二人が、

紋日の喧噪に紛れ、遊女たちに守られながら一瞬の邂逅を果たす場面に号泣。

この二人の友情というか、相手への「思い方」がものすごく好きなのだ。

今から石橋へ行かないといけないのでくわしくは書けないが(何じゃそら)。

今回から巻末に、物語に登場する料理のレシピがつく。

梅土佐豆腐、ふっくら鱧の葛叩き、ふわり菊花雪・・・

誰かつくってくれないかな(えっ)。

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「虞美人 新たなる伝説」 宝塚花組

花組トップの真飛 聖(まとぶ・せい)は、とてもきれいな人だ。

だから逆に、男役トップであるにも関わらず「きれいなお姉さん」に見えてしまうのが

わたしとしては今いちノリきれない部分があった。

男役はあくまで男として観たい。

現実にはぜーーーーったいにいない、

夢のなかの「男」、夢としての「男」であってほしい。

だから「きれいなお姉さん」では困る。

けど、今回の「虞美人」はよかった。

タカラヅカお得意のコスチュームプレイだが、

このコスチュームがよく似合う。

キリリと描いた眉と無造作な感じにつくりこんだ髪も萌えポイント高し。

前回のアンドレ@「ベルばら外伝」より何倍もスケールアップして見えた。

よかれと信じ、動けば動くほど傷が深まっていく——。

項羽というマッチョな男が、美しい手負いの虎になる。

敵に囲まれながら一歩も寄せ付けない姿に泣けた。

今回で退団する桜乃彩音とのダンスもすごくきれいだった。

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