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2010-02

『弘前大学教授夫人殺人事件』

『弘前大学教授夫人殺人事件』鎌田 慧著 新風舎文庫

1949年(昭和24年)、弘前大学教授の妻が

夜中に忍び込んできた何者かによって殺された。

逮捕されたのは、近くに住む無職の25歳の青年だった。

彼がなぜ、どうやって「犯人」に仕立て上げられていくかが

丹念な取材によって浮かび上がってくる。

実は、「犯人」に仕立て上げるのに緻密な工作などいらない。

「こいつならいける」と目をつけられたら最後、

レッテルを貼ってしまえば簡単に「犯人」にできる。

被害者が暴行されず、盗難もなく、寝ているところを喉を

ひと突きして即死させた、ということを根拠に

精神病学者であり弘大学長でもあった人物が

犯人像を「精神変質者や残虐性に富むサディスト」と推理し、

そのため「犯人」にされた青年には「変態性欲者」のレッテルも貼られた。

読めば読むほど、60年も前に起きた事件とは思えない。

この事件の場合、別件で逮捕され懲役刑を受けた男性が

自分が真犯人だと強硬に主張することでえん罪が晴れた。

といっても、事件発生から28年後のことだ。

真犯人の男性が名乗り出た理由が、自らの良心の呵責と

警察・検察への不満と不信だったのは

司法や司法に対してわたしたちが抱いている幻想への

強烈な皮肉だとはいえないだろうか。

そして、余談だけど余談ではないポイントとして。

やっぱりわたしは「変態性欲者」というのにひっかかる。

変態って何やねん。

あえていうなら、みーんな変態ちゃうのん。

いい年をして「自分は変態じゃない」という人がいたら

カマトトぶるのもいーかげんにしろと言いたい。

わたしは変態な人としかおつきあいしたくありませんね。

(何の宣言やねん)

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『天才 勝新太郎』

『天才 勝新太郎』春日太一著 文春新書

「面白いよ」と言われて借りた本。

たしかにぐいぐい引き込まれ、仕事もそっちのけで読んでしまった。

長唄・三味線の師匠の子として生まれた彼が

「うら」(父の持ち場はそう呼ばれていた)から表に出るまでの

苦闘とコンプレックス。

「これだ!」とひらめいた時はまわりを巻き込んで突っ走り、

「ダメだ!」と思った時は借金が増えようが誰が泣こうがぶっ壊す。

その実、内面はどこまでもナイーブ・・・

うん?

なんだか既視感。

そうだ、中上健次だ。

2,3年前、彼の評伝『エレクトラ』(高山文彦著)を読んだのだった。

勝新太郎も中上健次も、それぞれの世界では不世出の天才だったかもしれない。

けれど、自分ではどうしようもない部分でのコンプレックスと

才能を併せもった男の物語としてはひとつの「典型」のように見える。

本で読むには痛快だけど、身近にいたら・・・?

めんどくさい。

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ぬるい空気で思い出す

惰眠をむさぼっていると、娘が寝室の引き戸を開けて「行ってきま〜す」。

高校時代の仲間4人で一泊温泉旅行だそうで。

いつもはわたしが「仕事に行くよー」と声をかけても

寝たまま「うー」と返事をするだけなのに、

今朝はばっちりメイクで超ごきげん。

娘を見送って、わたしも着替える。

今日はお弁当をつくるのだ。

昨夜炊いたごはんに、白ネギと卵の炒め物、

小松菜と牛肉のオイスターソース炒め。

家にあったわかさぎの佃煮。

たまっている空きパックに詰めて、完成。

空気がすっかり生ぬるい。

冷えから解放されるのはうれしいけど、

もう少しピリッとした空気を味わっていたい。

5月のカラッとしたさわやかな空気は好きだけど、

4月のゆるんだ感じの空気は少し苦手だ。

未だに、年度初めが苦痛で仕方なかった子どもの頃を思い出す。

新しい教科書の匂い。

白すぎる上靴。

呼び慣れない名前。

そして、ぬるい空気。

その憂鬱は、運動会の準備が始まる頃まで続くのであった・・・。

今年も憂鬱な春を迎える子どもがいるんだなあ。

がんばれ〜!

いつか、朝から晩まで一人で仕事したり、お弁当食べたり、本を読んだり、

昼寝したりする生活ができるから!

って、うれしくないか。

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貧乏なわたしの貧乏くささ。

わたしは貧乏だけど、貧乏くさいのはイヤだ。

何を貧乏くさいと感じるのかは人それぞれだと思うが、

わたしの場合は、空のペットボトルや牛乳パックで

「小物」をつくったりするのは嫌いだ。

一時期、牛乳パックで紙漉もどきをやるのが流行り、

そうすることがまるで「エコ」な生活のように言われていた。

そういう空気も苦手だ。

なぜこんなことを書いているかというと、

お昼に食べたサンドイッチのパックがどうしても捨てられず、

つい洗ってしまったからだ。

今、マグカップの横に伏せてある。

フタが透明で、下の部分は赤いチェックで

わりとかわいいのよ。

サンドイッチを入れたぐらいで捨てるのは

どうしてもしのびなくてねぇ・・・。

よく見ると、お弁当のおかず入れにちょうどいいサイズじゃないのさ。

それでつい、洗っちまったってわけさ。

ところがねえ。

まだ家にこのパックが3つばかりあるんだよ。

いえね、家にはちゃんと弁当箱つうのがあってね、

それにまたおかずなんて、いくらわたしでもそう食べられるもんじゃないよ。

そんなわけで、パックばっかりたまっていくってわけさ。

ああ、貧乏くさい。

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藤田まことさんのこと。

ちょうど1年前、

『必殺仕事人2009』の公式ガイドブックをつくっていた。

そのなかに、中村主水を演じる藤田まことさんのインタビューがあった。

体調が万全ではないとのことで、なかなか日程が調整できなかった。

たしかに撮影直前まで専用の車で休んでおられ、

周囲にはいつも緊張感が漂っていた。

けれど、いったん撮影に入ると

中村主水の存在感、「仕事」をするときの殺気はただごとではなかった。

ちんぴらみたいな悪党よりもずっと怖かった。

インタビュー用の撮影の時もそうだ。

「できるだけ歩かないでいいように場所をセッティングしてください」と

言われるほどだったのに、

カメラと向き合えば、ぐっと目に力が入り、周りの空気が濃くなった。

インタビューでは、「かっこいいこと」を言ってもらおうとして

ひょいとかわされた。

「野暮なこと言わしなさんな」と、たしなめられた気がした。

一流と呼ばれるようになってからもずっと、

権威を嗤うコメディアンの心をもちつづけ、

同時に野暮を嫌う粋人でもあったのだと思う。

作詞作曲をされたという『十三の夜』を聴いてみたいなあ。

ほんとうに、かっこいい人だった。

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しあわせな日曜日

昨日の日曜日は久しぶりに家でのんびり過ごした。

目覚ましをかけずに寝ても8時には目が覚めたけど、

掃除洗濯をして、うたた寝をして、買い物に行って煮物をつくって。

なんだかとっても幸せな気分。

夕食は、やっと予約がとれた中華を食べにいく。

「クレソンの瞬間塩炒め」は絶品だった。

シャキシャキした歯ごたえ、嫌みのない苦味、絶妙な塩かげん。

身の回りを整えて、静かな時間を過ごして、

おいしいご飯を食べる。

一月先はどうなるかわからない生活だけど、

しあわせだと思う。

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昔ばなしの罠

出先の古本屋で買った『差別の民俗学』という本をぱらぱらと読む。

ひとつ驚いたことがあった。

朝鮮の「野鼠の嫁探し」という民話にまつわる話だ。

むかし、朝鮮のあるところに野鼠の老夫婦がいた。

年頃になった息子のために嫁をと思うが、同じ野鼠仲間では面白くない。

力のある一族と結婚させたいと、「天」や「雲」「風」に頼むが

次々と「わたしらなんてとてもとても。あちらのほうがずっと

立派でっせ」と体よく断られてしまう。

最後は川べりの石弥勒に「うちのかわいい息子と結婚してくれ」と頼むが

「確かに自分は一歩も動かずに千年以上もここに立っている。

なのに野鼠が足下の土を掘るのでもう倒れそうだ。

野鼠さんの力にはとうてい及びませんよ」と、またも断られる。

野鼠夫婦は「どんなに力のある一族でもわが一族にかなうものは

いないのか」と驚きながらも納得して、野鼠の娘と結婚させた。

・・・という話らしい。

もぐらバージョンもあるらしいが、基本は同じ話で

これは「賤民」や「平民」の上昇志向を断念させるための

終身教育説話だとしている。

昔ばなしを「民衆の生活のなかから生まれた、民衆のための

物語などと過信するのは危険であ」り、

「いま残って伝承されているということは、ある程度まで、

これまでの支配階級によって去勢され、歪曲され、

無害化されているからだと思ってよい」とある。

ここまで読んで、ふと思い出したのだ。

娘が幼稚園に入園してはじめての「出し物」が

「ねずみのチュー子ちゃん」が主人公の物語だった。

「チューチューのねずみチュー子ちゃんを

どこへお嫁にやろうかな」という歌まで覚えている。

息子ではなく娘のチュー子ちゃんが主人公で、

確かに両親ねずみが「立派なおむこさん」を探し歩いていた。

当時のわたしは、何か違和感を感じながら、

その違和感を言葉にできなかった。

「たかが子どもの出し物にケチつけるのも」という気持ちもあったと思う。

しかし、昔ばなしというのは「そういうもの」だったのね。

それにしても、浄土真宗のお寺が経営する幼稚園が

「身のほどをわきまえる」ことをこうして教えこむとは。

いや、浄土真宗だからなのか?

あー、わたしは恥ずかしいほど何も知らない。

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2冊目の3巻

やってしまった。

二度買い。

前に買った本をまた買ってしまうこと。(広辞苑より←うそ)

年に3回はあるような気がする。

多すぎないか?

大丈夫か、わたし。

今回二度買いしてしまったのは、吉田秋生の漫画『陽のあたる坂道』。

海街diaryというシリーズの3巻だ。

鎌倉を舞台に、三姉妹と母親の違う年の離れた妹の4人が

ともに暮らしながら、それぞれにいろんな経験を重ねてゆく物語。

気の強〜いしっかり者の長女、酒癖と男運の悪い次女、

天然でつかみどころのない三女、多感な中学生の四女。

当然、わたしは次女に感情移入するわけだが、

それはともかく、やっぱり吉田秋生、好きだなあ〜〜。

はじめて読んだのは中3で、古本屋で買った『カリフォルニア物語』だった。

それからずっと読み続けている。

うっとうしくなく、人が人を思う気持ちを描くのがほんとに上手いと思う。

さて。

2冊目の3巻、どうしよ。

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手話とコーヒー

土曜日の午後、写真展に出かけた。

http://noriakinotes.blogspot.com/2009/11/photo-exhibition-coffee-and-sign.html

「手話とコーヒー」というタイトルにとても惹かれたから。

手話と手話にまつわる記憶は、わたしにとってちょっとした「宿題」だったのだ。

23歳で結婚した相手は、ろうの両親のもとに生まれた人だった。

彼の両親に対する思いはとても深く、

同時に複雑だった(と、当時のわたしは感じた)。

子ども時代、学校からもらってくるさまざまな文書や、

教師の話をじゅうぶんに理解できない親を恥ずかしく思ったこともあるし、

伝えたいことがうまく伝わらないことが子ども心に寂しかったと

何度か話してくれた。

教師にまで差別的な対応をされたくやしさをバネにして

おじいさんが立ち上げておとうさんがつぶしかけた工場を

みごとに立て直し、やはりろう者だったおじさんたちに仕事をつくった。

(別れたけれど、わたしはそういう彼を好きになったし、

今でもそこは尊敬している)

出会ったとき、すでにおとうさんは亡くなっていた。

仕事はあまりしなかったけれど、愛嬌のある人だったときいていた。

おかあさんは、上品でやさしいひとだった。

けれど、あまりにも未熟だったわたしは(そう、今以上に)

おかあさんとうまくいかなかった。

おかあさんや工場で働くおじさんたちや近所に住むおばさんたちが

手話と口話でにぎやかに話す輪のなかに

自分から入っていこうとしなかった。

しまいには、「手話なんてきらい」とすら思ったのだ。

今思えば、自分と夫以外の全員が手話という、

すばらしくユニークな世界にいたのに。

1年後にその家を出て、わたしは手話の世界から離れた。

皮肉なことに、仕事で「人権」問題とかかわるようになり、

心のなかにずっと沈んでいたあの頃のことが

苦さとともに浮かび上がってくるようになった。

「手話とコーヒー」という写真展の案内を見つけて、

「これは行かないと」と思った。

「人権」や「障害」という視点ではなく、

「ろうの文化」という視点でもなく、

ただ、ごく短い間、いっしょに暮らしたひとたちとのことを思いたかった。

ちいさいけれど明るい会場には、

コーヒーを前に手話で語る人たちのポートレイトが並んでいた。

みているうちに、いろいろなことを思い出した。

毎日、午後3時になるとおかあさんがコーヒーをいれて、

わたしが工場に運んだこと。

おじさんたちはみな揃ってひょうきんで、おどけた仕草と表情で

わたしをずいぶん和ませてくれたこと。

離婚後、商店街でおじさんの一人とバッタリ出会ったとき

おじさんが力こぶをつくる仕草で「元気か?」と尋ねてくれたこと。

今さら、ほんとに今さら、「ごめんなさい」と「ありがとう」が

ごちゃごちゃになりながらあふれてきた。

楽しいこともあったんだと、はっきり思い出した。

「宿題」が宿題であることには変わりないけど、

何か特別な経験をしたつもりのような自己陶酔はもうやめよう。

たいそうなカバーがとれた記憶は、すっきりと軽くなり、

だからこそこれからも持ち続けられると思う。

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たんたんと。

取材をさせてもらった人から個人的に仕事の依頼を受けるということが続いている。

たまたま知っていたからというのもあるだろうけど、

とてもありがたいことだと思う。

期待に応えられるようにがんばろう!

と、妙な力が入るとろくなことがないので、

たんたんと、でもていねいに。

今日は日曜日だけど、朝から一日仕事。

風邪でグズグズになっていた仕事のペースがようやく取り戻せてきた。

明日は朝から一仕事したら、温泉に浸かりにいく。

今度はビルのなかの温泉だけど。

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